もう、タイトルからして親ばか、我が子自慢のにおいぷんぷん。はい、お察しのとおり、我が子自慢の親ばか日記です。
渓、あまり人見知りをしません。バスや電車、路上でも、見ず知らずの人とも目が合うと「抱いて」と、両手を広げて身をあずけます。
先日も、お散歩の帰り道、街路樹の下で土いじりをしていたら、通りすがりのおじさんが声をかけてくれました。とたん、渓はうれしくって、ニコニコしながらその方に両手を広げて近付いて、頬擦りをするわけです。そしたらおじさん喜んじゃって、抱っこして、「かわいい子だね~」とめちゃくちゃかわいがってくれました。
「また会いましょうね」とその場で別れたのですが、家まで歩いている途中、「おーい、ここだよー」と誰かが声をかけるので見ると、先ほどのおじさんが、奥様とベランダから手を振ってくれています。そして、「ほら、あの子だよ。すっごくかわいいんだ~」と、奥様に話しているのです。我が子が「かわいい」と笑顔で言ってもらえるのって、こんなにもうれしいもんなんですね~。
あと、子供たちが集まる場所に行ったとき、少し年上の子が、わざと渓を押したり意地悪をすることがあるのですが、渓はそれが意地悪だと思わないのか、押されても、倒されても、たたかれてもニコニコ。「悪意」というものが存在することすら知らない無邪気な子です。かわいいの~。
でもね、渓のこの人懐っこさは、私たちの子育ての賜物でも、親に似たわけでは断じてありません。断言。ほんと、天性のものというか、賜物というか、彼のオリジナル。
で、あえて分析するとすれば、毎週、教会へ行っているのは大きく影響しているのでは?と。教会には子供は渓しかいないので、みんな、渓をかわいいかわいいと抱っこして、かわいがってくれて、渓がなにをするんでも、ほめてくれて。毎週、こんなによくしてもらってたら、そりゃぁ、愛される自信というか、世界中の人は誰もが自分のことを愛していると思っちゃうわけですよねぇ。
でも時々、こんなに邪心のかけらもない子も、思春期になったら、ボソボソと話して、悶々としたりするのかなぁ、と想像したり、ね。
神と人とに愛され、喜ばれる子に育ちますように。
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